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オートバイレース
様々なレースの種類がある中、バイクを用いたバイクレースも一軒の価値があるレースです。
そのコーナーリングやボディバランスを用いたテクニックなどで観客を魅了する
そんなオートバイレースを特集します。
オートバイレースの歴史
■マン島TTレース
オートバイレースの歴史はイギリスにある小島、マン島から始まりました。
1907年世界で初めて競技としてのオートバイレース「マン島TTレース」が開催されたのです。
マン島の公道を閉鎖し、サーキットとして行われたオートバイレースです。
1周60キロで複雑に入り組んだ多くのカーブと、高低差の激しい過酷なサーキットを10周するもので、
シングルシリンダークラスとツインシリンダークラスの2種目のオートバイレースでした。
当時はドイツのオートバイメーカーが強く、シングルで上位を占めたのはマチレス、MVアグスタです。
ツインシリンダークラスはイギリスのノートンがフランスのプジョー製エンジンを積んで優勝しています。
1908年からはイギリスのトライアンフやBSA、イタリアのドゥカティやモトグッチ、
ドイツのBMWなどが常勝メーカーとなります。
1923年からはレーシングサイドカーによるオートバイレースも開催されるようになりました。
■ホンダの活躍
1959年東洋から海外では、まったく無名のオートバイメーカーだったホンダが、
初めてマン島TTレースに参戦しました。
このオートバイレースには初出場でしたが、幸運にも恵まれ6位を勝ち取ります。
当時、他のメーカーやオートバイレースを観戦に来ていた観客からは、
「エンジンはコピーではないか?」といった声もありましたが、
2年後の1961年には、上位5位までを本田が独占する、という快挙に誰もが驚かされました。
当然エンジンから車体にいたるまで、まったくのオリジナルだったことに、
新聞各社も「時計のような精巧さ」と絶賛します。
こうしてホンダはオートバイレースの世界で確固たる地位を確立していきます。
以降スズキ、ヤマハも参戦し日本の技術力の高さが評価されました。
■アメリカのオートバイレース
ハーレー・ダビッドソンを中心とするアメリカのオートバイレースは、
マン島TTレースのような複雑なものとは違い、シンプルなオーバルコースを、
どれだけ最高速度を保ちながら走れるかを競うものでした。
1914年からアメリカのTTレースに参戦したハーレー・ダビッドソンは瞬く間に
キングの称号(レッキングクルー)を手に入れます。
以降アメリカでの様々なオートバイレースでハーレー・ダビッドソンが活躍していきます。
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